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JUGEMテーマ:観察日記
今では考えられないことですが、かつては日本でも、農作物を育てるために強い農薬が使われたことがありました。私がまだ小学生だった頃、学校帰りにあぜ道を歩くと、死んで白くなったドジョウやヒルが田んぼの水底に点々と散らばっていたことが思い出されます。
今は農薬の規制も厳しくなり、農作物の安全性も当時と比べ各段に高まりました。一時は姿を消していた田んぼの生き物たちも、チョウセンブナなどを除き、かなりの種類がまた戻ってきています。
そんな生き物たちの中で、自然豊かな田んぼの象徴とも言えるのがホウネンエビです。農薬を使わない水田に発生し、これが出た田んぼは豊年満作になるとの言い伝えから名前をつけられたそうです。エビという名がついていて一応は甲殻類ですが、本当のエビではなく、むしろミジンコなどに近い生き物です。
この夏、三和区の友人から田んぼにホウネンエビがいるという連絡をもらい、早速行ってみました。以前、理科の教材の飼育セットで卵から育てたことはありましたが、自然のものを見るのはこれが初めてなので、わくわくしながら教えられた場所で水の中を覗き込みました。そして、最初に1匹を見つけた時の印象は、「エッ、これが?」というものでした。前に飼育したものは、小さくて、透き通って、まるでかげろうのように儚げな姿だったのに、自然の中で見るホウネンエビは体長が3センチ以上あり、水の中層で静止している姿は堂々としたものでした。尾の先が鮮やかな赤色で彩られ、一見するとまるで魚のよう。タキンギョ、ホウネンウオという別名があることや、江戸時代にペットとして飼われていたということも、なるほどとうなずける感じです。
ホウネンエビの大きな特徴のひとつは、卵が非常に乾燥に強いことで、乾いた状態で何年も生き続けることができます。そしてその細かい卵が風に乗って遠くまで移動し、それまでいなかったところに突然現れたりもします。熱帯魚を飼って繁殖を楽しんでいる人にはよく知られているブラインシュリンプも海産のホウネンエビの一種で、乾燥した粉末状の卵を塩水の中に入れて、孵化させた幼生を稚魚の餌にします。
実際に卵の状態で何年生きられるかというのはとても興味のあるところですが、はっきりしたことはわかりません。でも海外の海産の種類(ブラインシュリンプ?)では数十年生きたというデータもあるそうなので、かなり長く生きられるのは確かでしょう。
例えば、永いときを乾燥状態で眠って過ごし、後の世界で誕生したホウネンエビは、自分の遥かな子孫たちを兄弟として一緒に暮らすのでしょうか。SF作家なら、これをヒントに面白い話が書けそうですね。 (ミ) (バックナンバー H24.12より)
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冬の雑木林、葉をすっかり落とした木々の隙間に、点々と緑の色が見られます。その中でも幅広のつややかな葉に赤い葉柄がひときわ目立つ低い木がエゾユズリハ、おもに表日本に見られるユズリハの変種とされる植物です。本家のユズリハは高さ10mを超える大木になりますが、エゾユズリハのほうはせいぜい1.8mほどでつつましい感じがします。ですが、その幹は粘り強く、多雪地帯に分布するユキツバキなどと同様に雪の重みに耐えて、しっかりと生きています。
ユズリハはご存知の通り、ダイダイ、ウラジロとともにお正月飾りの主役のひとつです。縁起物といってしまえばそれまでですが、常盤の木を若さや再生の象徴ととらえることは、私たち日本人に限らず北国に住むヒトの共通の思いであるようです。季節が来ると古い葉の上に新葉が立ち上がって、その後古い葉は落ちますが、一般の常緑樹の葉は一年で落ちるのに、ユズリハの場合2年以上も落葉しません。このため新旧二種類の葉がいつ見ても一緒にあることが人々の目を引き、これが古いものが新しいものに代を譲る子孫繁栄の証とされたようです。ちなみに、中国でも「交譲木」の名で呼ばれているそうで、このあたり、日本と同様の発想といえるでしょう。
不思議なことにユズリハと人との縁は、時代をさかのぼるとより濃くなるようです。万葉集には古い名ユズルハ(弓弦葉)として和歌に詠まれ、次の歌が知られています。
いにしへに恋ふる鳥かもゆづる葉の
御井の上より鳴きわたり行く 巻第二 弓削皇子
また一種神聖な植物とされていたためでしょうか、儀式のときの神饌や供物の敷き物、容器としてしばしば使用された記録が残っています。このコーナーに何度か登場した「枕草子」にも「ユズリハの葉はふさふさとして艶めき、茎が赤く輝くように見えるのは風情がある。」とユズリハのことをもち上げ、一方で「普段忘れられているのが、大晦日の魂祭りのときだけ使われるのは気の毒な感じがする」とも書いてあります。
さらに時代はさかのぼって縄文時代、各地から出土する木製遺物の中に、ユズリハの材で作った当時の生活必需品「石斧」の柄が多く見出されています。これは幹から出る枝の角度が、それを使うのに最適のものだったためと報告されていて、意外な使いみちにビックリします。
このようにユズリハというたった一つの植物をとっても、それと私たちの関わりが、何千年にも渡って続いていることについての驚きとともに、人間と自然との関係の途方も無い深さを思わずにはいられません。 (ハ) (バックナンバー H22.2より)
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以前このコーナーでトゲトゲのことを書きましたが、今回もそれに近い仲間のカメノコハムシをご紹介します。
カメノコハムシハトゲトゲと共に、ハムシ科の中で小さなグループを構成しています。現在までに日本から6属25種類が知られ、そのうち半分くらいは上越でも普通に見ることができます。カメノコハムシ(亀の子葉虫)という可愛い名前のとおり、丸くて平たい体がトレードマークですが、25種類のうち7種類はカメノコハムシではなくジンガサムシという名がつけられています。ジンガサは「陣笠」で、これもこの虫の特徴をよく表していますが、「亀の子」と違ってちょっといかめしい感じがします。それでは、カメノコハムシとジンガサハムシはどこが違うのかというと、分類上の違いはありません。同じ属の中にもカメノコがいたりジンガサがいたりするので、一見、命名者の気分で適当につけられているようにも思えます。でもよく見てみると、一部例外はあるものの、ハネに透明な部分のある種類にジンガサハムシ、そうでない種類にカメノコハムシの名がついていることがわかります。
ジンガサハムシは、甲虫なのにハネが透明というだけでも十分に変わった存在ですが、もうひとつ、色彩がとても美しいのです。種類によって体が黄金色に輝くものや、黒い背中に金色のXマークが浮き出すもの、暗紫色に金緑色のラインがキラキラ光るものなど、その美しさは数ある甲虫の中でもトップクラスです。それほどすごい虫なのにあまり人に知られていないわけは、ひとつには全長4〜9ミリというサイズにあります。もうひとつは、この美しさが生きているとき限定ということです。どうやらジンガサハムシの輝きには体内の水分が関係しているらしく、標本にすると大体1日くらいでスッと消えてしまいます。ですから、他の色鮮やかな昆虫たちのように標本展で人目を惹く存在にはなりえないのです。
というわけで、ジンガサハムシの美しさを体感するには、実際に彼らがすんでいるところに行ってみるしかありません。幸いに、代表的な種類であるジンガサハムシは別に珍しいものではなく、林の緑や空き地に生えているヒルガオを探して、丸い穴がたくさん開いている葉があったら静かに裏返してみると見つけることができます。ついでに、近くにアザミがあったら葉の表面をよく見てください。カメノコハムシの中で一番普通に見られるアオカメノコハムシがくっついているかもしれません。(ミ) (バックナンバーH22.8月より)
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この地球上には膨大な種類の昆虫がいて、色も形もバラエティーに富んでいます。珍奇な姿をしたものも数多くいますが、残念なことに変わった形の虫ほどサイズが小さくて、せっかくの魅力的な姿も虫めがねなしではよく見えないという場合が多いのです。そんな中で、形の奇抜さと大きさとを兼ね備えたとびきりの珍奇種が今回ご紹介するバイオリンムシです。
私がこの虫のことを初めて知ったのは、蝶の収集を本格的に始めた頃の1973年、創刊されたばかりの趣味の昆虫の雑誌を読んでいた時でした。そこにはとても変わった虫の絵が載っていて、1頭だけしかないこの虫を最低3万円からのオークション形式で販売すると書かれていました。その結果がどうなったのかはわかりませんが、まずその姿と金額にびっくりしました。それから別の本で19世紀にフランスの自然史博物館がこの虫を購入するために当時の金額で1,000フランもの大金を投じたという話も知り、すごい虫がいるもんだと思うと同時に、バイオリンムシ=金という不謹慎な刷り込みもされてしまいました。
それから数年後、蝶の採集のためにマレーシアのキャメロン・ハイランドに行ったときにこの虫の実物と出会いました。と言っても、自分で捕まえたというわけではありません。当時その地は東南アジア有数の昆虫の宝庫とされていて、海外からも採集者が訪れていました。当然そこには昆虫を扱う商人もいて、毎晩私たちが宿でくつろいでいると虫を売りつけにやって来ました。そこで珍しい蝶たちと共に目の前に並べられたのがこのバイオリンムシでした。その時は蝶にしか興味がなかったのでそんなものは要らないはずだったのですが、私の頭の中には以前のあの記憶がしっかりと蘇っていました。この虫は3種類いてこれは特別珍しいとか、日本で買えば10倍の値だとか、いろんなサイズをそろえるといいとかあれこれ言われながら、気がつくといっぱい買ってしまっていました。なんだかすごく得したような気分になりましたが、でもその時はこれを自分の手で採りたいとは思いませんでした。もしあの頃から蝶以外の虫にも興味を持てていたら。今思うとちょっと残念な気がします。
因みに、かつては大珍品だったこの虫も、その後サルノコシカケなどに集まることがわかってからはたくさん採れるようになり、金銭的な価値は大暴落しました。
ところで、バイオリンムシは東南アジアに6種類がいることになっています。その内5種類は簡単に手に入るのですが、ボルネオ島にすむという1種類だけが正体不明です。ネットでなんでも調べられる時代にいくら探しても見つからない6番目のバイオリンムシ。いったいどんな姿なのか、出会える日を楽しみにしています。(ミ) (バックナンバー 平成28年12月より)
「リアルおにやんま君」ご存知でしょうか?電池も火も薬剤も使わない新しい虫除けグッズとして昨今注目されております。「本物」のオニヤンマで制作するために、連休中に弊社新旧社長でトンボ刈りへ行きました。採集したオニヤンマの形を整える作業まで終え、後日標本にした後で固めて安全ピンを接着する作業を行います。出来上がりがどんなふうになるか楽しみです。
以下web記事より抜粋↓
オニヤンマは虫の世界では「最強昆虫」と言われているそうです。狂暴なスズメバチでさえも捕食するとのこと。蚊やアブ、ブヨ、ハチなど虫が主食。虫の天敵はオニヤンマ。だからつけていると虫が寄ってこないというしくみです。
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前回の続きで植物の名前について今回は民族例としてたくさん記録されている植物方言(地方名)の中から思い出とちょっと気になるネジキの例を書いてみます。それにしても全国の植物愛好家の手で記録された方言の数は驚くほど膨大なもので、改めて植物と人間生活との関わりの深さを思います。一方で話し言葉の性質上、形が崩れやすく、記録に残りにくい・・という欠点もあります。何より近年は方言の話し手が減り新たな民族や言葉の採集は難しく、残された植物方言は先人の貴重な遺産だと思います。
子供の頃の思い出になりますが、遊ぶ時、相手の衣服にくっついた草の実などのことを「ばか」と呼ぶことはよくありました。同じ呼び名は いのこづち、あざみなど10種あまりでも記録され、またこの ばか・・という名は 似て非なるもの、役に立たぬものとしての意味で多く使われるようです。それと、はびこると手のつけられないチガヤ、この未熟な花穂を「つばな」といい、よく食べました。他に、祖母からしょっちゅう聞かされた話は、「青梅となべわりだけは絶対に食べるな」「なべわりは河原に多く赤い実が付く、毒が強いので鍋に入れると鍋が割れる、どこそこの誰かが食べてなくなった。」と言うもの、後日これは猛毒の ドクウツギ の方言であることがわかりました。「なべわり」は他にもゴンズイ、トベラやイタドリの方言としても記録されています。因みにこのイタドリ、異名としておそらく最多の700例あまりも記録され、詳しくその由来を考えてゆくのも面白いと思います。
ところで本州から九州まで松林などのやせ地に広く分布するツツジ科の落葉樹にネジキがあります。夏に釣鐘型の小花をたくさん付け秋の紅葉と枝先の鮮やかな赤色が印象的。ネジキの名は大きくなるに従って樹皮が捻れ、裂けて剥がれる特徴のある木です。方言のとても多い木(194例)で、赤い枝による「あかぼ、あかぎ等」木肌の様子による「さるすべり、ねじんぼ」あとは意味不明の「かしおすみ、かそーし」系のもの、もう一つ私が気に入っている、なんとも可愛い「はとのあし」と「ぬくぬくのき」です。ぬくぬく・・・は寒さで真っ赤になっている手足を囲炉裏で温める子供を思わせなんとも微笑ましい気持ちになりました。 (ハ) (バックナンバー 令和2年2月号より)
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私達を取り巻く植物、動物にはすべて固有の名前があり、それと実物を比べることから物事は始まります。ところでこの名前とそのイメージは随分と差のあるものがありますよね。例えばシクラメンの和名を「ブタノマンジュウ」というような。今回は私の思い出のなかの植物たちの名まえについての話です。
テンニンソウ(しそ科)という植物があります。わたしは以前からこの名前が好きではありませんでした。とりたてて美しい花が咲くわけでもなく、ホコリっぽい林道ののわきなどに普通にみられるこの草がなぜ「天人」なのか、どうしても理解できなかったからです。ところがこんなわたしの思いを一変させる光景に出会ったことがありました。それは今から三十数年前、調査の仕事で群馬と長野の県境を歩いていた時の事、なにげなく入ったミズナラ林の下は一面のテンニンソウの群れ。向かい合った大きな葉をいっぱいに広げ、太く大きな花の穂を直立させた姿は、まさに羽衣を風に翻しながら飛翔する天女を連想させるにじゅうぶんな存在感。それは私がはじめて「テンニンソウ」の意味を実感する事が出来た「目からウロコ!」の瞬間だったと思います。不思議なもので、その時からこの草のことが大好きになってしまいました。ちなみにこの名は江戸時代享保年間に書かれた書物に出るのが最初。地方客は今のところ記録なし これは本当に珍しいことで、余程人の注意をひくことのない地味な存在だったのでしょう。
似たような体験をもう一つ。クジャクシダの名も同じく、もう一つピンとこない名前でした。確かにクジャクの羽を広げた形との説明には間違いないのですが、あの華麗な孔雀の羽から来る連想とはちょっと違和感が・・・というのが正直な思いでした。ある時の調査で近くの山へ登った時の事、雪解け水の流れる小川のふちにクジャクシダの群生があったのです。ちょうど開き始めた葉っぱについた朝露が珠のようになっており、まさしく水晶玉をとおして孔雀の羽の目玉模様まではっきりと見えたのです。同行の人たちも一様にその美しさに驚いていました。これと同じようなことは他の多くの種についてもきっとあるはずで、これからも実際に体験することで「見ること」の楽しみと意味が何倍にもなって増えてゆくと思います。また、ある地域にだけおこなわれる方言にも驚くほどよい名があります。次回は方言のいろいろを紹介します。(ハ) (バックナンバー 令和元年12月より)
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あまり聞きなれない名前かと思いますが、ペットショップなどで売られているおなじみのミドリガメの正式な名前(標準和名)です。元々は北アメリカからメキシコ北部にかけてすんでいたものですが、ペットとして世界中に輸出され、その後逃げ出したり放されたりしたものが各地で野生化しています。日本でも同様で、今では数が増えて自然の中で唯一ふつうに見られる亀になっています。ただ、その姿はペットショップで見る子ガメとはずいぶん違い、色も地味なオリーブ色で、和名の由来になっているほおの赤紋がわずかにその面影を残すのみなので、ちょっとミドリガメとは気づかれないかもしれません。
私は子供の頃から亀が大好きで、中学生の頃には、庭に作った囲いのなかでクサガメとイシガメをたくさん飼っていました。イシガメは、当時金谷山に行って田んぼの周りを探せば子ガメがいくつも採れたので身近な存在でした。亀の中で一番好きだったスッポンはその頃は図鑑で見るしかない憧れの存在で、少し後になってから親戚の叔父さんに頼んで東京のスッポン料理店から生きたものを分けてもらったことが懐かしく思い出されます。
そんな私がミドリガメと初めて出会ったのは、かつて上野の不忍池の畔にあった上野水族館の爬虫類コーナーでした。外国のいろんな亀が展示されている中に、鮮やかな緑に黄色の模様、ほおには赤色の紋をもつ小さな亀がいました。まるで作り物のような明るい配色で、亀といえば世界どこでも黒か茶色だと思っていた私にとって、それはまさに衝撃でした。
それ以来、いつかこの亀を飼うことを夢見ながら、そのへんで売られているわけもなく半分諦めていたところに、なんとある菓子メーカーが生きたミドリガメの当たる懸賞を始めたのです。チョコレートの包み紙を集めて送ると抽選で当たるというやつで、たしか“アマゾン”のミドリガメという謳い文句で珍しさを煽っていました。ご想像の通り、私は毎日そのチョコレートを買って、食べて、包み紙を送り続け、結果2匹のミドリガメを手に入れることができました。いまなら動物愛護協会からクレームがつきそうな企画でしがたが、私にとっては最高のプレゼントで、それが送られてきた時の感激は今でも忘れられません。
その後ミドリガメはペットとして人気が出てたくさん輸入され、あっという間に野生化して増殖し、いまでは在来の亀を脅かす悪者にされています。でも、改めて言うまでもないことですが、悪いのはミドリガメではなくて私たちです。そして現在、他にも同じような問題が山ほど起きています。
すでに数多くの外来種が入り込んでしまった日本の自然の生態系を元に戻すことは、残念ながら不可能でしょう。でも、それで日本古来の生き物がなくなってもいいわけありません。トキのように手遅れになってしまう前に、少しでも多くの在来種が消えずにすむように、私たち一人一人ができることもきっとあるはずです。 (ミ) (バックナンバー 平成21年12月より)
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整備のMさんに「これ何の花だと思う?」と見せてもらった写真。答えは「さつまいもの花」でした。さつまいもの花、初めて見ました。
調べてみると「熱帯、亜熱帯ではよく開花して結実しますが、日本では沖縄県を除いて通常の条件下では開花しません。条件によっては開花することもあります。」とのこと。
これは栄養生長(芋の肥大)ができない環境下におかれたために生じる現象で、専門家によれば、
・干ばつ気味の年には咲くことがあり、ベニアズマなどでも開花する。
・赤土でマルチ施用、施肥は少なく、降雨量も少ないというようなケースでは蔓の伸長が遅れて開花することがある。
・このほか病気にかかったり、芋をネズミにかじられたりした場合にも同様に開花することがある。
(日本いも類研究会より抜粋)
Mさんのお宅には現在2m80cmの高さのひまわりも咲いています。夏本番、これからもっと空へ向かって伸びていきますね。
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蛍蔓 響きのよい佳い名前です。青紫色の小花を草の中にいる蛍に見立てたものであることは素直に理解できるでしょう。
この印象的な花と最初に出会ったのはもう数十年ほどまえにもなるでしょうか。でも記憶は鮮明です。現在の妙高市新井地区から長野県の飯山方面に向かう国道292号線、飯山方面から車で下りてくる途中、改修前のくねくねと曲りの多い狭い道でした。傾きかけた日差しの中で、道端の草むらになにか気になる青色の小花が見えました。走りながらも変わった植物は見逃さないという身についてしまった「植物屋」の悲しい習性とでもいうのでしょうか、思わず車を止めて目指す花のほうへ......すると草むらの中にくっきりとしたスカイブルーの星形、一度見たら忘れられないホタルカズラの花でした。手で引き抜こうとしたときの茎や葉のザラッとした感覚はいまだに覚えています。「紫根染め」で有名なムラサキや名の知れ渡っているワスレナグサなどと同じ仲間のこの植物、図鑑などでは北海道から九州まで広く分布すると出てはいるのですが、少なくとも高田近辺では見かけません。やや標高の高い関山から野尻湖にかけて、旧新井市の長沢から上にしかないようです。場所によって分布は局地的な傾向があるように思われます。
長野県の植物方言や民俗について書かれた宇都宮貞子さんの名随筆 草木ノート にこの草木の魅力と特長が余すところなく書かれた優れた文章がありますので引用してみます。
「今日R子が十センチ足らずの丈のホタルカズラを一束採ってきた。その青紫の色といったら、見た瞬間、目がその色になったような気がした。花弁の中央が白い筋に盛り上がっているのがあざやかで、遠くからは五本の雄蕊のように見える。・・・・『カッちゃんちのハバにいっぱい咲いてた。カッちゃんがね、この花はナカヨシの花だってさ。みんな桃色と青と二つずつ並んで咲いてるもん。』とR子がいった。この花は若い時はピンクで、やがて碧紫に変わる。・・・」
このように人の目につきやすく全国に分布している草なので、地方名もたくさんあるだろうと思い調べてみますと、意外なことにほとんどありません。わずかに「ホタルソウ」「カズラ」など2,3種類が記録されているだけ。宇都宮さんの本にも地方名についての言及はありませんでした。江戸時代以前の文献にもそれらしき名は見えないそうで、これも不思議な話ではあります。こうなると、この佳名はいつだれがつけたのだろうかということが気になります。学名なら名前の最後に命名者の名が必ず残るのですぐわかるのですが、和名はそれがないので......調べようもありません。
地方名の少ない理由について、かつてこのコーナーで、渡来が新しくまだ一部の場所や人にしか知られていないものと、反対に古くから知られていて標準の名が広く普及しているものとの例が考えられるということを書きました。ところがホタルカズラはそのどちらでもありません。無関心型とでもいうのでしょうか。食用や薬用にならず、かといって田畑の雑草でもない本種のように人との交渉の少ない植物はいくらその花が美しくてもそれだけの興味で終わってしまうということなのでしょうか。もっとも名づけは人が行うもの、人とのかかわりの深いものほど地方名が増えるのは当然なのですが、今回はちょっとさみしい気がしております。 (ハ) (バックナンバー平成28年6月より)
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トゲトゲ。名前の通り、身体中に棘を生やした小さな甲虫で、日本には約10種類がすんでいます。このうち上越で見られるのは、はっきりしたことはわかりませんが多分5種類くらいでしょう。
どのトゲトゲも、見れば見るほどカッコイイ虫なのですが、なにしろ小さい。ほとんどの種類が全長5ミリ以下です。せめてコガネムシくらいの大きさがあれば、カブトやクワガタのように子供たちの人気者になれるはずなのに、このサイズのおかげで、まず誰にも気づいてもらえません。自然が好きで昆虫も好きで、よく野山を散策しているという人でも、実際にトゲトゲを見たことがある人はあまりいないのではないでしょうか。
こんな虫がいるなら見てみたいと思った方は、ちょうどこれからトゲトゲのシーズンになりますから、探してみてください。一番見つけやすいのはクロルリトゲトゲで、山道のわきに生えているススキの葉をたんねんに見てゆくと葉の表面にくっついています。サイズは4〜5ミリ程度で、目のいい人なら肉眼でもびっしり生えたトゲのようすが確認できますが、視力に自信のない方は虫めがねを持っていかれたほうがいいでしょう。
ところで、私はこの虫も、またトゲトゲというユーモラスな名前もとても好きなのですが、残念ながらこの名前は消えてしまいそうです。最近の文献では、「トゲトゲ」ではなく「トゲハムシ」とされることが多くなっていて、クロルリトゲトゲはクロルリトゲハムシ、写真のカヤノトゲトゲは大きく変わってクロトゲハムシという具合です。ハムシ科で棘のある昆虫だからトゲハムシというのは、種名として正確かもしれませんが、私は好きになれません。名前にセンスが感じられないということもありますが、それよりも一度正式に名付けられて永く慣れ親しんできた生き物の名前は、簡単に変えてはならないと思うのです。
でも、最近こうした種名の変更はけっこうあって、有名なところでは、魚の世界でイザリウオがカエルアンコウにされたりメクラウナギがヌタウナギにされたりしています。ご存知の方もおられると思いますが、改名の理由は、名前に差別用語が含まれていたためというものでした。そんな理由で、魚好きなら誰でも知っているこれまでずっと親しまれてきたイザリウオの名が消えてしまったのです。
もしこんなことが昆虫に適用されたら、例えば、真っ暗な洞窟にすみ目が退化しても体も小型化したメクラチビゴミムシなど、差別用語?のオンパレードみたいな虫たちはいったいどうなるのでしょう。
イザリウオが差別を助長するなどはまったく思えない私としては、学者の方たちがもう変な名前を用意していないとこと願うばかりです。 (ミ) (バックナンバー H22.4より)
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細かく切れ込んだ白緑の葉と紅色の可憐な花の組み合わせが本当に美しく、高山植物の女王として万人の認めるコマクサ。本州では中部から北の2,000mを超える高地の岩礫地にのみ稀に生育し、実際に山で出会ったことのある人となると、その数はかなり少なくなると思います。
私は幸運にも人生の早い時期にこの花に会うことが出来ました。小学校高学年になった私は夏休み祖父母と一緒に群馬県の万座温泉に「湯治」に行きました。ところで私の祖父 東吉は、商売から戻ると、お土産にクツワムシとかヤママユのまゆ、どんぐり、アケビの実といった変わったものを持って来てくれる物好きな人でした。考えればこの祖父こそ私達兄弟を自然に対する関心へと導いてくれた先達だったのですが。
昔の万座温泉は木造旅館が数件あるだけのひなびた湯治場で、草津白根山への長野県側の登山口でもありました。偶然自分たちが泊まった旅館の帳場にあった「白根山産コマクサ」の押し葉標本を見て、私はすぐに物好きじいちゃんと一緒に白根山登山を決行。期待して登った山頂でしたが、一面の赤茶けた山肌、たちこめる硫黄の匂いなどでとても植物の生える環境ではありません。目的を果たせず下山し「コマクサは本白根山という別の場所にある」という有力情報を得て後日を期しました。その翌年の夏休み、今度こそという思いでまた万座へ。目指す場所は山頂手前から横道へ入るのですが、方向を示す標識こそあるものの道らしい道はなく、一面のチシマザサの中を進んでようやく白根山の旧火口「本白根山」に着きました。そこは明らかに荒々しい白根山とは違う小さめの礫で覆われ、その中に小さな緑色の植物が見えます。勇んで探し回りましたが、無いのです、一本も。結局この年もコマクサには会えませんでした。
いよいよ三年目。今度は時期を早め、夏休みに入ってすぐまた同じ場所へ。またダメだったらと不安な気持ちで斜面を下ってゆくとその時、すぐ足元にあの美しい花が....。図鑑で見るよりもずっと色の濃い紅色で、霧の中で印象が際立つ例えようもないその姿、幾株ともしれないコマクサの群れ。興奮の極に達した私は、思わず大声で「あった!、あったよ!」と叫びながら周りを跳び回っていたようで、後で祖父が「まるで気違いのようだった。」と笑いながら嬉しそうに話してくれました。今思えばこの時こそが以来60年続く「植物依存症」の始まりでした。 (ハ) (バックナンバー 平成28年10月より)
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カシパンは海にすむウニのなかまですが、普通のウニとはまったく違った姿をしています。名前の由来は「菓子パン」そのままですが、とても薄くて平たいので、菓子パンというより薄焼きクッキーと言った方がイメージしやすいでしょう。海底の砂の中に埋もれながら流れてくる微小な有機物を食べて暮らしているそうです。
カシパンのなかまは日本にも何種かいて、一番普通のハスノハカシパンはこの辺の浜辺でも打ち上げられたものを拾うことができます。たいていは白っぽい殻(イラスト参照)の状態で見つかりますが、たまに、ごく短い毛(実際は棘)は密生した生きているままの姿でも見つかることがあります。探すなら貝殻がたくさん落ちているような砂浜が狙い目で、私は以前、柏崎から西山にかけての浜辺を歩いてかなりの数を拾うことができました。良いポイントに当たると貝殻やカシパンの他に様々な漂着物が打ち上げられていて、そんな場所では多くの人が、海辺の宝探し、ビーチコーミングを楽しんでいます。
平たい殻と大きな花びら模様がトレードマークのカシパンは、固い体で足もないのにいったいどうして動けるのかというところからもう不思議なのですが、裏側の短い棘を動かして移動するのだそうです。体形は基本的には薄い円盤型ですが、種類によって大小の貫通穴があったり、その穴が外側に広がって抜けて周縁部が凸凹になったりすることで、何とも不思議で魅力的な形ができあがっています。
10年ほど前、カシパンのコレクションに力を入れていた時に、図鑑などで見ることのできる20数種類のほとんどは集まったのですが、一番欲しかったハグルマスカシカシパン(Rotuladeciesdigitatus)だけが最後まで残ったままになっていました。最近になってようやく西アフリカ産の実物を手にすることができましたが、本当にすごい形で、ここまで来るともう何がなんだか、という感じです。生きるためにどんなメリットがあってこんな形をしているのか、なんてことを考えるのはもうやめにして、神様が見せてくれる不思議をただ素直に楽しめばいいと思いました。 (ミ) (バックナンバー平成30年10月より)
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以前から時々、食べるだけではもったいない「飾りものとしてのウニの面白さ」について書かせて頂きました。今回のテーマは世界で一番小さなウニ、マメウニです。
ウニは、普通のウニの姿をした「正形ウニ」と、ウニらしくないウニのなかま「不正形ウニ」の2つに大きく分けられます。マメウニは後者の中でタコノマクラのグループに属し、日本ではコメツブウニ、ニホンマメウニ、ボタンウニなど10種類ほどが知られています。名前を見ただけでも小さいだろうと想像はつきますが、ほとんどの種類は体長が5ミリ程度しかありません。形は楕円形で平たく、生きている時は全体が細かい棘でおおわれていますが、その下にある殻は白色で表面にはこの仲間のトレードマークである花びら模様が刻まれています。それが種類によってさまざまに変化し、名前を調べる時の目安にもなっています。
コレクションを考えたとき、海の中にいるウニを自分で採集するのはとても大変です。でも、死んで浜辺に打ち上げられたものなら陸地でも採集できます。方法も簡単で、貝殻がたくさん集まっているような場所に行って、その中に混ざって落ちているウニを探せばいいのです。たいていは棘が抜け落ちた殻の状態で見つかりますが、ウニの場合は、生きている姿をよりもむしろ殻のほうが色や模様もきれいで楽しめるので全然問題ありません。面白いと思われたらぜひ探してみてください。
世界最小の話しをすればやっぱり大きい方も気になるところです。正形ウニでは、フクロウニの一種で殻の直径が38センチに達する怪物がいます。ただ棘は長くなく、一方で殻は10センチ程度ですが棘が30センチ以上あるガンガゼの一種がいて、棘を含んだ大きさではこれが最大でしょう。不正形ウニでは、相模湾などの600メートル以上の深海にすむウルトラブンブクが有名で、殻径は最大20センチとされています。もう名前のインパクトだけでこれがナンバー1と言いたいところですが、他にも大きな種類はいて、カリフォルニア半島周辺で採集されたタコノマクラの一種 C.europasificus は、いま私の手元にある標本でも24センチ以上あります。当然もっと大きいのもいるでしょうから間違いなく世界最大種のひとつでしょう。小さい方の代表のマメウニもタコノマクラのグループということで、世界の最小種と最大種が親戚同士というのも面白いです。
それから、ウニは孵化した直後(プランクトン時代)を除くとすでに親と同じ姿なので、極端なサイズの違いは同じ種類の中でも存在します。例えばおなじみのバフンウニやムラサキウニでも小さいものは数ミリサイズからいるわけで、種類を増やすだけでなく一つの種類でいろんなサイズを揃えられることもウニ・コレクションの楽しみの一つです。 (ミ)
(バックナンバー R1.6月号より)
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〇上越の面白い生き物
「私はウニが好きです」と言うと、たいていの人は「私も好きです」と答えてくれます。でも、ウニを集めていると言うと、今度はけげんな顔をされてしまいます。そもそもウニなんか集めてどうするのと思われる皆さんのために、食べるだけではもったいない、ウニのもうひとつの楽しみ方をご紹介します。
海岸の砂浜を歩いていて、貝がらとは違う丸い殻のようなものを見つけたことはありませんか。それは、死んで打ち上げられ棘が抜け落ちたウニに姿です。ぱっと見てそんなに美しいものではなく、最初は私もあまり興味がありませんでした。でも10年ほど前、インターネットで外国の貝がらの店のカタログをながめていて、白地に紫とオレンジのパステルカラーで彩色された小さなウニ殻が目にとまり、てっきり工芸品だと思ったそれが自然のままの姿だと知ったときから私のウニコレクションが始まりました。国内産・国外産を問わず集めてきて、これまでに60種類ほどが集まりました。ウニは棘がある状態でも面白いのですが、その殻となるまさに千差万別で、一つ一つが個性的な魅力にあふれています。この辺で見られるウニも、きれいにクリーニングしたらとても美しいことがわかりました。そんなウニ殻を、皆さんも作ってみませんか。
ウニ殻を作るには、まずはウニを手に入れなくてはなりません。鮮魚センターで棘付きの生きウニを買ってもいいのですが、自分で採った方は楽しいでしょう。この辺だと鯨波がおすすめですが、岩の多そうな海岸に出かけ、浅いところで岩の隙間や石の裏側を探すと生きたウニが見つかります。大型で棘の長いムラサキウニや小型で棘の短いバフンウニが採集できるでしょう。採れたウニはそのまま日に干して乾燥させ、半乾きくらいになったら軍手などしてこするようにしてできるだけ棘を取り除きます。それから漂白剤(キッチンハイターなど)のちょっと濃いめの液に浸けておくと、数時間で取残しの小棘や表面の薄皮がとれて殻がきれいになり、同時に底の中心部が抜けてきます。そこから内臓部分を引っ張り出して中をきれいにしてから、またしばらく液に浸けておいて、表面の汚れがなくなったら取り出して、水でゆすいでから乾かせばできあがりです。ただ、こう書くと簡単そうですが、ウニの殻はとてももろくて壊れやすく、さらに小片が繋がり合った構造になっているため漂白剤に長く浸けすぎるとバラバラに崩れてしまいます。汚れがきれいにとれて殻も壊れないタイミングで漂白剤から取り出すことが美しいウニ殻を作るコツです。
できあがった殻は、いくつか並べたらとてもすてきな部屋の飾りになります。なにしろ、これほどきれいな丸い形は自然界にはなかなか存在しません。淡いパステルカラーの色調と相まって、ながめていると心が癒されるようです。皆さんもぜひお試しください。 (ミ) (バックナンバー H23.4月号より)
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「木苺」という言葉にはなにか懐かしい響きが感じられます。昭和40年以前の野山で遊んだ子どもたちにとって、ナワシロイチゴやモミジイチゴなどの木苺は桑の実とともに真っ先に口に入れるもの、甘酸っぱい味を思い出す方も多いことでしょう。木苺の仲間は北半球を中心にその数およそ1,000種、ラズベリー、ブラックベリーなど有用種も含む大きなグループで、日本でも30種以上が知られています。もうずいぶん昔の話ですが、笹ヶ峰で形が栽培種のラズベリーにそっくりなクマイチゴの実を沢山採って来て、母に頼んでジャムにしてもらったことがありました。大粒の硬い種が気になったものの味も香りもラズベリーそのもの、おいしかった。
ところでこのいちご(以知古)という言葉は平安時代の文献に見えるように古いものですが、江戸時代末に草性のオランダイチゴが輸入される前の苺はすべて木苺だったわけで、枕草子第四十二段「あてなるもの」に出る「いみじゅううつくしき稚児のいちごなど喰いたる」のいちご、まさに光景が目に浮かぶような有名な一節ですが、これには各地に見られる木苺、クサイチゴを当てるのが一般的です。
ほとんどが白い花のこの仲間の中で、濃い赤紫の花をつけ標高の高い場所に生えるベニバナイチゴは私の大好きな木苺のひとつ。息を切らせて登った白馬岳、大雪渓の果てに見上げた大輪の花の記憶は今でも鮮やかです。
最後に未だ見ぬ異国の木苺の中でずっと私が憧れている種類の話を・・・。それはイギリスなどでは普通に見られるという大型で、濃い青色に白い粉が吹いたような果実をつける木苺、「デューベリー」(Rubuscaesius)。古い植物画の傑作を紹介する本で見て以来、その美しいブルーの果実にすっかり魅せられてしまったのです。その本によると学名の´caesius´はラベンダーブルーを意味し、しばしばローマ人が「青い目」を表現するときに使った言葉とか。いつかこの瞳の主に会いたいと思ううちに月日が過ぎてしまいました。(ハ) (バックナンバー H30年8月号より)
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私は子供のころからずっと昆虫の標本を蒐集してきました。最初は身近な蝶から始まり、次第に海外の蝶、そして大型の甲虫や蛾などにも興味が広がって、今はハチでもカメムシでも、面白いと思えばジャンルを問わず何でも集めています。ここ数年は、興味の対象がだんだん小型化し、今では1センチの虫なら大きいと感じるようになりました。
そんな中でも特に好きなのがコブスジツノゴミムシダマシという甲虫です。体長は7〜8ミリですがこの仲間の中では大型で、オスは斜め上に向いた2本の立派な角を持ち、全体の雰囲気が恐竜のトリケラトプス風でとてもかっこいいのです。
最初は図鑑でその姿を見て感動し、自分でも採りたいと思って調べてみると、別に珍しいものではなく、サルノコシカケに集まるということがわかりました。それなら簡単と軽く考えて近くの林を歩いてみましたが、いざ改めて探してみると、昔はどこでもふつうにあったはずのサルノコシカケが何故か全然見つかりません。山に詳しそうな人にも聞いてみましたが、そういえば最近は見ないという声が多く、良い情報は得られませんでした。
そんなところに、友人が富山県の山中で見つけたというサルノコシカケ(正確にはツリガネダケという種類)を持ってきてくれました。かなり古びていて小さい穴がたくさんあいていたので絶対中に虫がいると思い、プラケースに入れて時々霧吹きで水を吹きかけながら様子を見ていました。しばらくはこれといった変化もなくて半分忘れかけていた夏の終わり頃、ふと思い出してのぞいてみたら、窪みに何かいて、目を近づけてよく見るとそれがコブスジツノゴミムシダマシのメスでした。ちゃんと探すと立派な角を持ったオスも含めて9頭も見つかりました。熱心に探していた虫との初対面が家の中というのはちょっと拍子抜けでしたが、とても嬉しかったです。
とりあえず必要な分だけ標本にして、残りはそのまま飼っていますが、成虫・幼虫共に住み家のサルノコシカケがそのまま餌でもあるので、時々霧吹きで水をかける他は何もすることがありません。多分これほど手のかからないペットは他にいないでしょう。これでもうちょっとサイズが大きければ皆さんにおススメしたいところです。(ミ)
(バックナンバー H30.6 より)
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JUGEMテーマ:観察日記
日本の最南端、沖縄県与那国島には、世界一大きな蛾ヨナグニサン(与那国蚕)が生息しています。どのくらい大きいかというと、ハネを開いた状態で左右の端から端まで25cm位あります。こんなすごい生物が日本にいるというのは嬉しいことですが、ただヨナグニサンの場合は熱帯アジアに広く分布していて、その北限が日本の端っこにちょっとかかっているというだけなので、「日本の」と言ってしまうのはちょっと無理があるかもしれません。
巨大なサイズだけでなくとても美しい模様を持っているので、子供の時から昆虫収集に熱中していた私にとってずっと憧れの存在でした。あちこちへ採集に行くようになって、初めて実物を見たのは1975年頃。場所は台湾でした。その頃はまだ発展途中だった台湾は島中が緑であふれ、台中県には蝶の町として知られる埔里がありました。そこでは近隣地域から集められた大量の蝶が加工され様々な工芸品となって海外に輸出されていて、一時はそれが台湾の重要な産業の一つになっていたそうです。今はわかりませんが、以前は沖縄に行くと土産物屋などで額に入ったヨナグニサンがよく売られていました。また、大きな繭の抜け殻にチャックが付いた小銭入れを持っているという人もいるかもしれません。多分それらも埔里で作られていたのだと思います。額の名前の所に中国名の蛇頭蛾(ハネの先の模様が蛇の横顔に似ていることから名付けられました)という文字が印刷されているものを見た記憶があります。そんな台湾も今はすっかり近代化してハイテク産業が盛んになり、一方で環境保護の面から蝶の工芸品どころか昆虫の採集自体も厳しく制限されているそうです。
ヨナグニサンが属するヤママユガのなかまは日本にもいろんな種類がすんでいます。大型で美しいこともあってコレクターの間では人気があり、蝶で言ったらアゲハチョウに相当するようなグループです。種類数は11種と少なめですが、南方種であるヨナグニサンとハグルマヤママユを除き大半の種類は私たちの周りでかなり普通に見ることができます。それぞれが個性的な美しさにあふれていて、ピンク色で縁取りされた青白色のハネに優雅な長い尾を持つオオミズアオ、小さなヨナグニサンといった感じのシンジュサン、大きなハネと太い体、鮮やかな目玉模様がこれぞまさに蛾と思わせてくれる、グループを代表するヤママユガなどが有名です。 (ミ)
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上越地域に春の訪れを告げる「跳ね馬」の写真です。(整備のMさん撮影)
農作業を始める目安として地元で古くから親しまれている跳ね馬は、雪解けが進むとともに妙高山の外輪山「神奈山(かんなさん)」中腹に現れます。(新潟日報より一部抜粋)
くっきりと跳ね馬の姿が浮かんでいます。
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日毎に暖かくなる陽射しのもと、そこかしこの原っぱで雪の下でひしゃげたようになっていたタンポポの株から新しい葉と黄色の蕾が伸びだしています。タンポポは全国どこでも普通に出会う一番早い花と言っても良く、昔の子供の良い遊び相手になってくれました。
その遊び方も綿毛を吹いて風に飛ばすことから始まって、花茎をちぎって縦に両方から裂いてそり返った様子を鼓に見立て、また水車などを作ったり、花茎を絡ませての相撲取りごっこや、「茎を取って屋根などにのせて一日も干し、ふくらませて両手に持ち、歯で弾いて鳴らす、かんかんといい音をたてる。」などアイデアに満ちたものがありました。
ところでその大きくなった葉を食べるというのは私の周りでは聞いたことがなかったのですが、実は全国各地で食べられているようで、ぐじなの名で上杉鷹山公の「糧物」に出ており、平安時代に書かれた「和名抄」にも載っている私達の食生活と関わりの深い植物でした。食べ方としては、苦味があるので茹でて水に晒した後、おひたしや胡麻和えなどが普通のようです。熱を通してもペタッとせずおいしいとのこと。山形県小国町での例のように「茹でて干し、冬に油などで煮付けて食べる」保存食的な食べ方もあったようです。最近の野草食ブームでほろ苦い味を生かしたサラダや健胃や利尿効果のある薬草茶、根を煎って作るタンポポコーヒーなども取り上げられることが増えています。
日本に古くからあった種類は高山植物を含めて10種あまり、これに外来種を含めたものが一般的にタンポポと呼ばれる植物です。上越市付近には全体に大型のエゾタンポポが普通ですが、明治時代にヨーロッパから入ったセイヨウタンポポなどとの交雑が繰り返し各地で起きた結果、遺伝的に様々な交雑種が生じ手のつけられないほどになっています。良い話ではないかも知れませんが、此の流れは止められません。タンポポが行く先々で交雑を繰り返し変化してゆくのか、もしかしたら全く新しい種の誕生に立ち会うことが出来るかもしれません。
なお、在来種とセイヨウタンポポの区別はとりあえず簡単で、花の裏側の緑色の部分が合わさっていれば在来種、そっくり返っていれば外来種です。(イラスト参照) (ハ)
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オウムガイの場合は最初に学会に報告されたのが1758年と古いので、当時は生きた化石などという言葉もなかったと思いますが、このなかまが栄えた年代はアンモナイトなどよりはるかに古い5億年以上前とされているので、その資格は十分にあり、現在では生きた化石の代表格にひとつとされています。世界に5種類いて、いずれもよく似た姿をしています。種類によってはそれほど珍しいものではなく生きている姿も水族館で見ることができますが、いかにも太古の生物という雰囲気を漂わせています。またその美しい殻は一般にも売られていて、部屋のインテリアとしてもよく使われています。
オウムガイの和名は殻の中心部の黒い模様がオウムのくちばしの様に見えることから名づけられました。学名に使われているNautilusがギリシャ語で水夫、船という意味だそうですが、220年前にフランスで作られた潜水艦の名でもあり、ヴェルヌの有名な小説「海底2万マイル」に登場するノーチラス号の名前もそれに因んでいます。オウムガイの命名の古さを考えると、むしろ潜水艦の方がその名前を拝借したのかもしれませんね。
オウムガイが属する頭足類にはオウムガイのなかま、イカとタコのなかま、アンモナイトのなかまの3つのグループがあり、オウムガイとイカ、タコは現存していますが、アンモナイトは約6600万年前の白亜紀の終わりに恐竜たちと共に絶滅しています。冬になるとこの辺の海岸に打ち上げられるアオイガイやタコブネは殻を持ったタコのなかまです。殻を持つタコというと奇異な感じを受けられるかもしれませんが、イカにも体内に平たい殻を持ったコウイカやらせん状の殻を持つトグロコウイカのようなものもいて、頭足類と殻との関係は深いのです。
オウムガイが住んでいるのはフィリピンなどの南の海です。本州の海岸に漂着した例はわずかしかないようですが、福井県や石川県で記録があるので新潟県で見つかってもおかしくはありません。近くの浜辺で貝殻探しをしながら、私もいつかこの美しい殻に出会えることを夢見ています。(ミ)
]]>ヨウシュの名が示すように北アメリカ原産の帰化植物で明治の頃に入ってきたようです。実の紅い汁は衣服などにつくと落ちにくく困りものですが、原産地ではワインの着色に使われた事実があるそうで驚きです。今ではもちろん禁止だそうですが。若芽をアスパラガスのように食べる事も知られていてあながち毒草とは言えない面もあるようです。
次はヨウシュのつかない「ヤマゴボウ」、実はこちらは本家(山牛蒡の名で13世紀の文献にも記されている)なのですが、野外というより人里近くに多く、もともと漢方の生薬として中国から持ち込まれたものが逃げ出したと言われています。ヨウシュとよく似ていますが花穂、果実が上を向く性質で花や実の時期には簡単に見分けられます。毒性はこれが一番強く、特に塊状の根を食べてはいけません。茎葉に関しては飢饉などのときには茹でこぼし等の処理をした上で食べることも勧めた記録がありますが、もちろん食べないに越したことはありません。
最後は安心して食べられるヤマゴボウの話。いつだったかWEBで愛知県の農協で栽培を止めていたヤマゴボウを復活・・・という記事が出ていました。こちらのヤマゴボウはアザミの仲間の「モリアザミ」というもので、その真っすぐ伸びる鉛筆10本まとめたくらいの太さの根を味噌や醤油などの漬物に加工するのだそうで、長野県などでもよく栽培されているようです。そういえば「峠の釜めし」のお新香にも使われていましたね、歯ざわりがよく独特の風味があります。昔、旅行好きな祖母がよく買ってきたのがこの味噌漬け。植物の名前を覚え始めた頃で、図鑑で調べてみたら、なんと「有毒」と書いてあるではありませんか。これは大変と..
そのことを話すと「そんなことあるわけない、前にも食べたから大丈夫」と軽くいなされてしまいました。 (ハ)
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写真は通勤途中に整備のMさんが撮影した白鳥の写真です。
11月上旬頃から来ていたそうです。
にいがた観光ナビに、白鳥の飛来について情報が載っていました。
何千キロも離れたシベリアからやってくる白鳥は、色んな景色を見ながらこの上越にやって来たのだなぁ〜〜
と思うととても感慨深いです。
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JUGEMテーマ:紅茶・コーヒーを楽しむ*
毎朝会社でコーヒー豆のかすが出るのですが、何かリサイクルできないかネットで調べ、かすを干して消臭剤を作りました。
カラーモールで輪っかを作ってぶら下げたりできます。
トイレなど気になる場所に置いておくのに良さそうです。
コーヒー豆のかすはこれ以外にも防虫剤、除草剤、肥料・たい肥にもなるとのこと!使い道が色々ありますね。
店頭にて無料でお配りしていますので興味のある方はぜひどうぞ!
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早川さんは滝寺にお住まいで、広い畑と栗畑を管理さされています。トラクタをはじめ作業で使われる農機一式、それに屋敷周りの除雪にヤンマーの大型除雪機も弊社よりご購入頂いています。
お伺いした時はちょうど栗の収穫時期でたくさんの栗が地面に落ちていました。キウイフルーツやブルーベリーなども実っていて、草花には蝶やハチが集まり、畑の支柱の先にはアカトンボが並び、歩いているだけで楽しくなる空間でした。とにかくここは自然がいっぱいです。昨年のことですが、作業していて、なにか気配を感じて後ろを見たらイノシシが立っていたそうです。
また、畑の一角を隣りの小学校に貸してあげていて、今はブロッコリーの苗が育っていました。この時は誰もいません
でしたが、子供たちがやって来てにぎやかに水やりや雑草取りをしている様子が目に浮かぶようでした。親切なお隣さん
がいる子供たちも幸せですね。
子供たちの畑
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JUGEMテーマ:観察日記
不思議生物コレクション
ハコフグと聞いてもなんだかわからない方も多いかもしれませんが、簡単に言うと海にすむ四角いフグで、テレビにもよく登場するさかなクンの頭に乗っているあれです。四角いけれど丸っこい、なんとも愛嬌のある不思議な魚です。
私は魚が大好きで、子供のころは川や海でいろいろ捕まえては家で飼っていました。今ではもう見ることができませんが、当時は田んぼの用水路にはチョウセンブナ、きれいな川にはスナヤツメ(ヤツメウナギの一種)がいくらでもいて、春には海から遡ってきたイトヨも採れました。海では浅い岩場でナベカやクサフグの仔など、可愛い魚がいっぱいいました。
でもそんな時に一番見たいのに見られなかった特別の魚がいて、それがハコフグでした。
それから約50年。私がこれまでに自然の中でハコフグを見たのは2回だけです。初めて出会ったのは学生時代の終わりの頃で、場所は長崎県の対馬でした。夕方に着いた海辺の民宿で荷物を降ろし、夕食までの時間に近くを散歩していた時、川に沿った小道を歩いていると、人家からの排水が流れ込んでいる場所があって、そこで1匹の大きなハコフグが残飯をつついていました。川と言っても河口に近く、淡水と海水が混ざり合う汽水域でしたが、それでもハコフグと初めて出会った場所が川辺というのはなんとも意外でした。そこにしゃがみこんで暗くなるまでずっと見ていたことを今でもはっきりと憶えています。
2度目の出会いは5年ほど前、静岡県沼津市の沼津港深海水族館を見学に行った時でした。人気の水族館を十分に楽しんだ後、外に出ると目の前が海で船着き場のようになっていました。釣りをしている人もいて、私も何かいないかと思って縁から海中を見下ろしてみると、海藻の周りにたくさんの小魚が群れていました。種類も多くて、上越の海との違いに驚きながらしばらくその眺めを楽しんでから、今度は少し先の方に目を転じると、深いところで舫い綱をつつくなにか見覚えのあるシルエットが目に入りました。見ているうちにだんだん上の方に来て、やっぱりそれはハコフグでした。直前の水族館での感動が吹き飛んでしまうほど嬉しくて、近くにいた人に話してみたら、それならいっぱいいるよと言われ、その時ばかりはそこに住んでいる人が心底羨ましくなりました。
そんなハコフグですが、元々この上越ではほとんど見られないようです。ただ佐渡にはいるようなので、天気の良い日にちょっと行って海の中を覗いてみたら、運が良ければ出会えるかもしれません。(ミ)
]]>ハスはその典雅な姿が国や民族を超えて広く愛され、古代より工芸品の意匠、文学などにとりいれられ、また食べ物としても泥中に横たわる地下茎(蓮根)や種子が利用されてきました。特に中国では良質な蓮根をむっちりとした美人の腕(ひじ)に例えて「西施臂」と呼んで珍重されるとか。余談ですが、日本の蓮根料理は輪切りが普通ですが、彼の地では縦に千切りにして使うことも多く これで歯ざわりが一層良くなるとか・・お試しください。
そのほか蓮根や葉柄から採れる繊維で「藕糸織」を作り、ミャンマーでは現在でも高僧の着る袈裟などにされ、織布として仏画が描かれたり織込まれたりした例も知られています。
ところで私のハスについての最初の記憶は花ではなく、まだ青い花托に入った実を食べたこと、味はほっこり、薄い甘みとかすかな苦味。我ながら「食いいじ」のなんと強いことと呆れてしまいますが、小学校へ入るか入らない頃、家の前をリヤカーに積んだ菱の実と青い蓮の実を売りに来た人があり祖母が買ってくれました。この時の「お堀で採ったもんだわ。
お堀の蓮根は黒くなるから・・・」「お盆には必ず蓮の花を仏壇に供える」など、70年以上前に祖母から聞いた話も覚えているのは実に不思議です。このお堀というのは北城高校の前の外堀だと思います。整備された現在の景色からは想像もできませんが、昭和30年代の前半はまだ周りに田んぼが残り、かつぼ(マコモ)やヨシの茂る湿地で、クイナやバン、オオヨシキリなど水鳥の天国でした。いまこのような生き物の聖域がもし残っていれば・・と思うこと切ですが、開発・改良の名のもとに水湿地が真っ先に埋め立てられる昨今 望むべくもないのかもしれませんが。 (ハ)
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写真は点検でお預かり中のコンバインです!
前からの写真を撮ってみましたが、カッコイイですね〜!
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